●1. はじめに
1997年にIBMが開発したチェス専用のスーパーコンピュータ、ディープ・ブルーがチェス世界王者に勝利し、2011年にはIBMのWATSON が米クイズ番組Jeopardy!で勝利し、2016年にはGoogle DeepMindのAlphaGoが碁の世界トップ棋士に勝利するなど、近年AI (Artificial Intelligence;人工知能)の技術開発が急速に進歩しており、技術や社会の中に浸透し始めています。そのような状況で、MEMSや光通信分野へのAIの応用も進んでいます。
ここで「AIとMEMS」では、インテリジェント化するMEMSによってIoTシステムのAI化が進むであろうという点が特徴で、いわば「MEMSによるAI化」と言えますが、一方「AIと光」ではAIにより光通信部品やシステムの性能向上が図られることが主な特徴で、いわば「AIによる光通信革新」と言えるでしょう。筆者はAIの専門家ではなく、光通信デバイスやMEMSが専門ですが、本稿ではこれらのMEMS技術や光通信分野でのAIの活用の最近の動きについて紹介します。
●2. AIとMEMS
トリリオンセンサーの動きに見られるように[1]、MEMSは現在IoTでのセンサーの主役になりつつありますが、最近ではIoTにおけるAIの進展で特にインテリジェント・センサーとしての活躍が期待されています。それはMEMSセンサーが小形化や集積化により、情報の収集・集積・発信だけではなく情報処理も行い極小のコンピュータとなる可能性もあることを意味します[2, 3]。
1997年頃にカリフォルニア工科大学バークレー校のPisterが“Smart Dust”という概念を提唱しました。これは図1に見られるように、微小センサー、光受信器・発信器、信号処理部、電源などを1~2mm角の Siチップ上に備えた概念です[4]。残念ながら、これはその後そのまま実現されたわけではありませんが、重要なアイデアとして現在様々な形で技術開発が進んでいます。これは正にMEMSのインテリジェント化の走りともいえるでしょう。このように個々のMEMSデバイスが小型化・集積化して、情報を制御する知能が期待され、益々環境における情報の受け渡しに必須デバイスとなると考えられます。
図1. 微小センサー、光受信器・発信器、電源などを備えたSmart Dust([4]より)。
個々のMEMSセンサーの性能に加えて、次のステップはMEMSセンサーの群(Swarm)としての機能向上が必要と考えられます。その際空間に分散配置された多数のMEMSセンサーからの信号を大量にかつ効率的に処理することが大きな課題になります。そのため過酷な環境条件下で、通信速度、帯域幅、エネルギー、メモリなどの制約を克服し自立的に動作する小型でエネルギー効率の高いMEMS群が求められます。このような微小個体群の知能はSwarm Intelligenceと呼ばれています。
一方でAIの手法に群知能(Swarm Intelligence)という同じ言葉があります。これは蟻や魚、鳥などの群の知能のあり方を模擬して、分散した自己組織したシステムの集合的振る舞を制御する手法ですが、上記のインテリジェントMEMS群は正にSwarm(群れ)であり、そこにAIによる制御が応用されるでしょう。
今後、MEMS-IoTシステムでは、環境やシステムに分散配置された多数のMEMSセンサー群からの画像、音声、光、熱、運動等の様々なデータが集積され(レイヤー1)、それが機械学習等によりデータのカテゴライズ、クラスタリング、変換、融合等が行われ(レイヤー2)、さらに様々なAIの手法により推論・判断・概念化などが行われていくと考えられます(レイヤー3)。
このように今後MEMSは益々小型化・インテリジェント化し、いわゆる環境知能(AmI: Ambient Intelligence)の重要な要素群となっていくものと考えられています[3]。
3. AIと光通信
現在光通信ネットワークは従来の大域公衆回線網に加えてデータセンター間やその中での大容量高速通信に用いられています。そのような光通信ネットワーク分野におけるAIの活用の模式図を図2に示します。 機械学習、ゲーム理論、知識ベース推論、意思決定アルゴリズムなどの一般的なAIの研究手法が並んでいます[5]。
図2. 光ネットワークにおけるAIの活用の模式図 (文献[5]を参考に筆者が内容を図示化(以下同じ))。
一方、光デバイスや光制御の分野では、(1)機械学習や遺伝的アルゴリズムを利用した光送信器・光受信器の特性評価、(2)多層ニューラルネットワークを使用した光増幅制御、(3)主成分分析を応用した光変調方式分析、などの研究が進んでいます。また光ネットワーク分野では、(1)遺伝的アルゴリズムや蟻コロニー最適化を応用したリソース割り当てやネットワーク再構成、(2)ニューラルネットワークを利用したソフトウェア・デファインド・ネットワーク(SDN)、(3)マルコフ決定過程を利用したデータセンター内ネットワークの研究などが進んでいます。
図3には光通信におけるAIの利用分野の例を、図4には光ネットワークへのAI利用の新たな機会と挑戦の例を示しました。このようにレーザーやファイバー増幅器などの個別デバイスから、光ネットワークの再構成、データセンター内光ネットワークの構成など幅広い分野でのAIの利用研究が進んでいます。
図3. 光通信におけるAIの利用分野の例。
図4. 光ネットワークへのAI利用の新たな機会と挑戦の例。
一例として機械学習と適応制御を利用して、モードロック・ファイバレーザの効率的で最適な自己同調アルゴリズムを生成できることを示した研究[6]や、高性能でかつエネルギー効率の高い光ネットワークをチップ上に形成し、AI機能を搭載したAI-enabled optical network on-chip (ONoC)の研究[7]も進んでいます。
4. 終わりに
MEMSと光通信の違いは、MEMSはそれ自体がセンサーやアクチュエータとして自律的な動きが可能であり、AIの構成要素となり得るいわばアクティブAIデバイスの可能性があるのに対して、光通信の場合はネットワークとしての機能が求められ、そこにAIをどのように応用するかが課題になるため、パッシブAIデバイスとも呼べるでしょう。
この分野に限らず、AI利用の分野は日進月歩で進んでいますので、目が離せないのが実情です。
【参考文献】
[1]神永 晉, 金尾 寛人、「トリリオンセンサ社会の到来と今後の課題」、電機学会誌、135, pp.91-94, (2015)
[2]D. Sanders, “Introducing AI into MEMS can lead us to brain-computer interfaces and super-human intelligence”, Assembly Automation 29, (2009).
[3]S. E. Bibri, “Context Recognition in AmI Environments: Sensor and MMES Technology, Recognition Approaches, and Pattern Recognition Methods”, The Human Face of Ambient Intelligence, pp.129-195 (2015).
[4]Joseph M Kahn, Randy H Katz, Kristofer SJ Pister, Proceedings of the 5th annual ACM/IEEE international conference on Mobile computing and networking, pp. 271-278 (1998).
[5]J. Mata, I. De Miguel, R. J. Durán, N. Merayo, S. K. Singh, A. Jukan and M. Chamania, “Artificial Intelligence (AI) Methods in Optical Networks : A comprehensive survey”, Optical Switching and Networking 28, pp. 43-57 (2018) .
[6]S.L. Brunton, X.Fu, J.N. Kutz, “Self-Tuning Fiber Lasers”, IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics 20, pp. 464-471 (2014).
[7]H.Gu, Z. Wang, B. Zhang, Y. Yang, K. Wang, Time-division-multiplexing-wavelength-division-multiplexing-based architecture for ONoC, IEEE/OSA Journal of Optical Communications and Networking 9, pp.351-363 (2017).
MEF 2018 Program schedule is available here.
MEF 2018プログラムはこちらで参照頂けます。
Info about ”MEF2018 Exhibition Features” is here.
MEF2018では、技術展示会を併設します。出展者情報はこちら